ADHDのまほし先生🩹
𝕏 アカウント
ユーザー名:@jisinnaiyo
登録日:2024年01月09日
経過日:910日(2年5ヶ月27日)
following: 454
followers: 515
updated: 2026-07-07 23:06:51
status: 200 OK
𝕏 自己紹介
元 #不登校 の #発達障害 教師 #ENTP 擬態の #INTJ 毒親と和解 2E #ギフテッド 浮上は気まぐれ 自己紹介→https://t.co/hIThi5U1m4 友達兼推し🩹→@kasurikizu_blog
家庭環境(甘やかし)
一見羨ましがられるような家庭である。不倫、離婚、死別などもなく両親健在で親戚付き合いも良好だ。両親共に教師をしており、そこそこ裕福。それに、たくさん可愛がられていた。それがよくなかった。
一言で言うと過保護なのである。歩いて数分の場所を車で送迎してもらえたり、欲しいものはなんでも買ってもらえたり…そういう幸せが自立の機会を奪った。なんでもやってもらってきた私は、一人では何もできない実家暮らしの穀潰しなのである。
しかし、親をこうさせたのは紛れもなく私の問題行動の数々が原因だ。障害特性のこともあり、私の行動一つひとつを信用してもらえなかった。それで不安に思った両親は、過保護という手を使ったのだ。
家庭環境(宗教問題)
まず、我が一族は某新興宗教に傾倒している。私も当然洗脳教育を受け、高校生くらいまではガチ信仰していた。今もまだ後遺症に苦しんでおり、信じなくても大丈夫か不安になる時がある。
その教えでは、我々信者は望んで苦しい世界に生まれてきた、悩むことはあれど信じていたらいつかは勝利できるといったものがある。これが私を苦しめた。
普通、悩み事があれば家族に相談するものらしい。私も相談した。だが返ってくるのはいつも「祈れば願いが必ず叶う」。抜本的な解決案も慰めも何もくれなかった。次第に相談しても無駄だと1人で抱える性格になっていく。
家庭環境(情緒)
母の自認は繊細で優しい人である。実際、職場の人にはそう思われているらしい。だが私の評価はわからずやだ。
障害特性のこともあり、小さい頃の私はなんでもあけすけに言うわ、気に入らないことがあるとかんしゃくを立てるわで暴れん坊だった。
それを見てきた母は、私に「元気いっぱいでガサツな子」の烙印を押した。だから、私の方が繊細で弱いことを受け入れられないらしい。そう思い込んでいた母の姿は優しさとはかけ離れていたように見えた。
父も厄介な人だった。気分にムラがあり、話しかける時は顔色を伺わないといけなかった。
また、喧嘩になると自分の怒りを認識できないのか「怒らないで」と相手を責め出す。そして自分の論理で黙らせ絶対に謝らない。今思うとそれはモラハラだったのかもしれない。
これだけボロクソに書いてはいるが、今も私に映る両親の姿は、たくさん遊んでくれて、たくさん可愛がってくれて、いい思い出ばかりだ。そのはずなのに親を愛せないことを納得できないでいる。
性別と恋愛
自分の性別は女ではないと、心のどこかで思っている。
高校生までは特に、「女じゃないのに女の体」ということが嫌で過剰に「女の自分」を否定していた。
スカートやブラが嫌で拒否していたし、女性らしい言葉遣いをすることもなかった。
かといって、自分が男だとか中性だとかは思えなくて、それがなんでかもわからなくて。何かになりたいという強い思いがないのであれば、自分の体に甘えてもいいのではないかと思うようになった。
大学デビューなんてありふれた場で、私は初めて女になった。ルックス・振る舞い…何もかも一新した私を誰もみていないだろうけど、確かに女になったのだ。
そうすると周りに「目に映らない普通」として扱ってもらえるようになり、案外悪くないものだと感じた。
だが問題は残る。それは恋愛面でだ。
女の体で女として生きている人間を、誰も「女ではない何か」として扱うわけがない。私を女だと思っているからヤリモク男は誘うわけで。誘いが来るたびに自分の体を「気持ち悪い」と呪うのだ。
ちまたで、女の賞味期限は早いと聞く。若いうちに女として恋愛をするべきだと焦る気持ちもある。それでも最後の最後の部分で、自分の性別は女ではないという牙城を崩すことができないでいる。
🔮運勢占い
@jisinnaiyoさんの今日の運勢
#800080 / RGB: 128,0,128