自己紹介

満身創痍なVn弾き。【参加オケ】Kオケ3・JASTA・八フィル・テラノ・LOM楽【障害】元知的障害者 #ASD #パニック障害 #うつ病 #PTSD(予備軍) #杖歩行 #APD #聴覚過敏 #CIDP(可能性大) #難読症(傾向) #ADHD(傾向)⚠️トラブルメーカーはブロック。詳細プロフ読め⚠️

もっと自己紹介

ねーさんと申します。とはいえまだ20代←

このアカウントは主に「サブカル音楽界隈」と「発達障害界隈」の方達にフォローさせて頂いております。勿論、リア友やこのアカウントに興味をお持ちになられた方からのフォローも大歓迎です。ここでは私の音楽歴と障害歴をご紹介致します。

⚠️ただし、怪しいアカウント(スパム、ツイート0、フォローやフォロワー稼ぎ目的など)やトラブルメーカー的アカウントは全てブロックし、精神衛生上距離を置かせて頂いております。自分の胸に手を当てて自省せず同じ事を繰り返す人や、被害者ぶっておいて実際には加害者である事に自分で気付けない人、物の受け取め方がおかしい人は、タダの迷惑でしかありませんので✋(そういう人は他人から嫌われても仕方ないですよね。当たり前ですが。)⚠️

※ 障害者に差別意識や偏見のある方はこのページから離れて下さい。アカウントのフォローもしないで頂きたいです(´-ω-`)


【音楽歴】
3歳の時、五嶋龍くんの演奏姿に憧れを抱き、ヴァイオリンを始めるものの、先天的に持っていた聴覚過敏(【障害歴】で後述)の為、自分の出した音に驚いて椅子やソファーの下に潜り、泣き喚きながら身を隠す日々。当時は全く練習にならなかったとの事(母親談)。(4歳になって少しずつヴァイオリンの音に慣れ始めてから、やっと練習に向かえる様になる。)
4歳よりピアノを始める。
小2(7歳)でヴァイオリンとの両立が大変になった為、やむなくピアノを辞める。
ヴァイオリンの練習の際に親からの体罰に耐えられず、小4(10歳頃?)でヴァイオリンを辞める。以降高校生になるまで音楽嫌いに陥る。
ところが高1の秋頃、母親から借りたホロヴィッツのショパンのCDアルバムを聴いて以降、リスナーとして再び音楽を好きになり、クラシックピアノ曲を聴く事に日々明け暮れる。
また、大学時代は早稲田大学のサークルで世界史や西洋音楽史を学び、クラシック音楽への造詣を深める。
社会人になってから、会社の同期に嘗てヴァイオリンを習っていた人がおり、それを機に2015年7月、ヴァイオリンを14年ぶりに再開。同時にオーケストラにも所属する。
その後、様々な常設オケ・企画オケに参加。2017年以降はヴァイオリンデュオを組んで演奏する事もしばしばある。
また、練習の合間にツイキャスにて、不定期にヴァイオリン曲の演奏配信を行っている。
2018年5月から2020年3月まで、手足を神経の病(パニック障害)に冒され、病気の治療に専念する為に音楽活動を休止。その間に様々な音楽会に足を運ぶ。2020年4月に病が好転し始めたのを機に、少しずつ音楽活動を再開し始める。病が更に改善し次第、再び舞台に上がる予定。

●これまでに参加したオーケストラ&弦楽合奏一覧:
・Thanks!Kオーケストラ 第3回定期演奏会 '15.11.28
・JASTA STRING FESTIVAL 2016 '16.04.03
・八景フィルハーモニー管弦楽団 第40回定期演奏会 '16.08.07
・八景フィルハーモニー テラノコンサート2016 '16.09.23
・ファ・ディール室内管弦楽団 '17.02.11
・八景フィルハーモニー管弦楽団 第42回定期演奏会 '17.08.13
・八景フィルハーモニー テラノコンサート2017 '17.09.22
・JASTA STRING FESTIVAL 2018 '18.04.01

●ヴァイオリンデュオ(相方: ‪@tsurukame8)
・朝カフェ総会(ゲスト出演) '17.08.20
・Necco クリスマスコンサート '17.12.23
・森林浴演奏会 '18.01.28
・Bar the BRATs '18.02.17
・某イベント(名前忘れた) '18.03.28

●オープンマイク(ソロ演奏)
・小春食堂 '18.01.22
・工房ムジカ '19.12.30 (体の痛みを押しての演奏となりました)
・工房ムジカ '20.04.03


【障害歴】
・1歳半頃にホイッスルの音に不快感を覚え、泣き喚く様になる。この頃から聴覚過敏の兆候が顕著に見られる(現在も聴覚過敏を持ち合わせている)。
・3歳になっても「自発語が無い」「おうむ返しをする」「正面から声をかけないと反応しない」等、自閉症の症状が多く現れ、3歳児健診でIQ38の中度〜重度の知的障害および自閉症が発覚。
・その後徹底的な療育を受けた末、奇跡的に知能が正常値までに回復。健診の担当医が仰天したとの事(母親談)。現在WAISⅢ全検査IQは121(2016年3月現在)

・2015年12月、社会人として一般枠で正社員として仕事をするも1年続かず、8ヶ月で退社。健常者として生きる事に限界を感じ、障害者枠で働く事を決意。2016年2月に発達障害の検査を改めて受ける。
・2017年3月、「アスペルガー症候群」と正式に診断が下りる。手帳取得時、幼少期の診断名である「自閉症」も含めた総称「広汎性発達障害」と診断名が変更される。
・幼少期より、落ち着きの無さや忘れ物の多さが見られる為、未診断だがADHDの傾向もみられる。また、長文を自力で読み切れない、ドラマのストーリーが自力で追えないなどの特性がある為、難読症の疑いも見られる。

※ ASDを持っている事で、先述の通り先天的に感覚過敏(特に聴覚過敏)、そして聴覚情報処理障害を併発している。特にスピーカーからの音、PCのキーボードの音が苦手で、自分の耳元で鳴らされている様な感覚がある。幼少期はヴァイオリンの音が取り分け大きく聞こえ、自分の耳元で音が鳴らされている事に不快感を感じ、全く練習にならなかった。

・2017年10月、就労支援室の勧めで障害者の為の職業訓練校へ入校。翌年3月卒業。
・2018年4月、障害者枠で再就職。
・しかし同年5月下旬、「1人で電車に乗れない」「頭が回らない」などの症状が出始め、この頃からヘルプマークとヘルプカードを着用。2ヶ月後の7月下旬、「パニック障害」「うつ病」と診断が下りる。この頃からうつ病による記憶障害が現れ始め、聴覚過敏が酷くなる。
・日常生活や仕事では主にパニック障害による身体症状や過呼吸発作が顕著に現れ、体力に限界を感じ、同年9月より現在まで仕事を休職。その後、足の自由が徐々に利かなくなり、休職後すぐ杖歩行になる。
・休職中、拒食状態により8ヶ月間で体重が20キロ減少。(現在は15キロ程戻っている)
・重い身体症状の為に徐々に自力で生活が出来なくなり、2019年8月より現在までヘルパーさんを雇い、家事全般の介助をして貰っている。
・2020年3月上旬に、長年に渡る親からの精神的虐待により、PTSDになりかかっている事が判明。診察を経て治療方針を決め、今後も治療に励む予定。
・働けなくなった身体を改善するべく、現在は通院先でリハビリや歩行訓練を行い、1日も早い復職と音楽活動の再開に向けて日々自主訓練を行っている。

※ 2018年11月頃から断続的に全身の疼痛に襲われ、日常生活に大きな支障を来たしており、線維筋痛症が疑われている。2020年5月より治療を開始すべく、専門病院へ通院。現在、主治医さんから「線維筋痛症」(元国指定難病)か「慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)(10万人に1.61人に発症する国指定難病)」の可能性が指摘されている。
・精神障害者保健福祉手帳の等級は何故か3級。2級が妥当と思い、手帳再申請を前の病院でお願いしたが断られたので、その3ヶ月後に現在の精神科に転院した。

カウントデータ

フォロー453 いいね3,345
フォロワー304 リスト5
ツイート7,570 平均ツイート6.7 / 日

日付データ

Twitter歴1,134日 プロフ作成日2020/02/09 03:27
Twitter登録日2017/04/23 20:19 プロフ更新日2020/05/30 12:13
API取得完了2020/05/31 03:03 API取得予定2020/05/31 03:18