こう(NM)
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セラニ,cecil,AKI(sonic coaster pop),Kus Kus, #BEMYLOVE と音楽聴いてきたものです。あとPSO2NGS ship6 に日々生息中。笑いものになっても普通の人としてイエス様と共に歩んでいきたい罪人のかしらです(80年生まれ)
2025年12月25日にて
私は1980年7月12日香川県で建設会社を営む家に生まれた。家族は曽祖母、祖父母、父母、2人の姉そして自分。タチの悪い末っ子長男である。幼い時の記憶はいつも裸足で土遊びしていた。あと幼稚園の時にひとつ上の子に呼び出されて「お前生意気なんだよ」と言われ「何が生意気なんだよ」と言い返すほど気は強かった。心ではビビってたけど。小学校に入ってからはゲームばかりやってた。少しだけサッカーやってたけど。祖父母に甘やかされほんとにわがままに育った。母は厳しく父は怖いところもあったけど、父は自慢だった。あとで知ったが周りでも評判だったみたい。祖父が社長で後継として喧嘩しながら頑張っていた。親族経営で父の姉夫婦も手伝い、従業員も多い時で20人以上いた。父は友達がヤクザにたかられたと聞いた時にひとりでヤクザの事務所に行ってやめるように言ったそうだ。ヤクザはその度胸に免じてやめてくれたそうだ。母には「本当は怖かった」と言ってたみたい。そんなんで正義感も強く人望もある人だった。
小学3年生9歳の時、朝に父の姿が無かった。2、3日帰って来なかった。そんなのは初めてだった。日曜の朝、気丈な母が泣き叫んでいた。父が事故を起こして死んだと聞かされた。そこには棺桶があったが閉まったまま。自分たちで遠くから運んだため顔が腫れていて見せられない状態だった。葬式するのに近所の人や檀家さん達が家にたくさん来て準備したりご飯作ったりと大賑わい。自分の家なのに休まる場所もなくその光景は葬式というお祭りのようで悲しむよりも怒りがあった。葬式そして出棺。道には本当に沢山の人が来ていた。何がなんだか分からず終わり。気が付けば亡くなったのは7月14日。それは父の姉、叔母の誕生日でもあった。そこから我が家は静かになった。ずっと喪に服したまま。母は仏教に熱心になり毎日お経を唱えていた。気が付けば自分達も般若心経を覚えるほど一緒にやっていた。私は学校では勉強も運動もできる、絵もそこそこ褒められた。学年でも目立つややリーダー的な存在。大人の評価は高くいつも学級委員をやらされた。でもずっと学級委員やるのは嫌だった。上に立つ人は心が良くなければいけない。そして自分がそれにふさわしい人、心じゃないと思っていたからだ。だから6年生の時はかたくなに断ってそのことで授業が1時間潰れた。
中学に入っても委員を任されるが先生のいい加減さにイラ立ち、先輩には因縁をつけられ、先生の理不尽な暴力など絶えず怒っていた。1年の夏休み終わって2学期。学校に行くのが怖くなった。慌てて書いた図工の宿題の絵が、自分で見ても心無い下手な絵でそれを見せてバカにされるのが怖った。不登校になりそれでも仲の良かった友達はいつも遊びに来てくれた。そんな頃に父のことで心に苦しみを持っていた母は仏教に見切りをつけキリスト教会に行くようになっていた。ある時、牧師が家に来てイエスキリストの福音を話してくれた。良い話だなと思って信じると言った。だけど翌日、母にやっぱりおかしいから信じないと言った。仲良かった友達も来なくなりひとりになったがゲームが好きだった自分にはそれが寂しいとは一切思わなかった。その後学校へは3年生の時に1度行った。クラスメイトが普通に話しかけてくれたことが嬉しかった。1時間目終わるとお腹が痛くて早々に帰った。ただ図々しく修学旅行には参加した。広島の原爆資料館、長崎の教会など回った。広島では原爆被害にあったおじさんが話をしてくれたが内容は恨み辛みばかりだった。それを聞いた時に怒りが込み上げてきた。それは原爆で死んだ人達がいるのに生きていることに感謝もしないでそんなことを聞かせて何がしたいんだと思った。この頃にテレビで流れてきた愛を歌う曲、その歌詞を聴いてその安っぽい内容にそんなの愛じゃない。そう感じた時からゲーム音楽が好きだった自分にとって歌詞のある音楽を軽蔑するようになった。
卒業後の進路、人のためにできる仕事は農業しかないと漠然と思った。ただそれをやる覚悟もなくとりあえず高校へ。ちょうど新設された定時制高校へ最初に話しかけてきたクラスメイトが後で聞いたらカトリックの家で育った子だった。キリスト教と縁があるなと思っていた。この頃にはすでに母は洗礼を受けクリスチャンになっていた。友達も何人かできた。その中のひとりMは俺のことを「変わっている」と面白そうに言ってくれた。また小学校からの友達とも何度か遊ぶ機会があって疎遠になった友達ともわだかまりもなくなっていた。その時、別の友達Kだけは何故か心に留まっていた。何人かいたのにその子だけは自分に気を遣ってくれた。それが妙に嬉しかったからだ。学校もそれなりに楽しかった。だけどその頃からぼんやりと死ぬことを考えるようになった。漠然とした不安だったり自分が正しい人間じゃないそんなことを思っていた。自殺も少しは考えた。でもそこまでの覚悟も無いのは分かっていた。父が死んだ後の家族の姿を思うと、自殺はどんなに苦しくてもしない決めた。学年が上がって後輩もできた。その中に可愛い子がいた。好きになったが付合うことを想像した時に自分の心は汚れている、だから相手をも汚してしまう。そう思った時から一生独身でいることにした。ひとりで寂しいなんて思わなかったし。高校は4年かけて卒業できた。
仕事は気が向いたら家を手伝う程度でまともにやってなかった。色々と問題があった上の姉がイエス様を信じた。母が穏やかになっていったのと色々と苦しんでいた姉が信じたことが大きく自分も信じ教会に行くようになった。そんな頃、面白そうなゲームだなと「ルーマニア#203」を遊んだ。主人公ネジタイヘイを神様となって導くという内容。神様の視点ってもしかしたらこんな感じかもと思いながらネジに魅了?されそのストーリーと重なる曲を歌っている架空のアーティスト「セラニポージ」にもハマった。ゲーム音楽ばかり聴いていた自分が歌詞の曲を聴き始めるきっかけになった。約半年、教会での学びを終えて日曜の礼拝後に洗礼を受けた。その日は7月15日。気が付けば父の命日の翌日だった。いつものように夕食後にゆっくりしていると母に呼ばれ、祖父母と上の姉も集まっていた。母が父の事を話してくれた。父は自殺だった。母も祖父母も泣きながら、黙っていたことをすまないと。そして遺書も見せてくれた。その場にあっただろう紙に震える手で書いたのが分かる文字。何を書いているのかはっきりと分からないくらいだった。父はお酒を飲んでいて車で帰ってくるときに事故を起こし、相手は大きい怪我もなかったがそのことがきっかけで生きていたら家族に迷惑をかけると自ら命を絶った。私も姉も泣きながら謝らなくていい、悪いなんて思ってないからと。母は子供達がイエス様を信じたから言えるようになった。その日から家族の中に明るさが戻ってきた。姉は自分のことよりも祖父母が救われることを願っていた。祖父にイエス様を信じて欲しいと泣きながらお願いしていた。祖父は姉が言うからじゃなくイエス様が言うから信じると言った。
教会でのある集まりの後、人を見ると神様が愛しているのが分かるように愛おしく見える。不思議な感覚だった。だけど日が経つごとにその感覚が薄れていき、前と同じ自分の欲望のままに人を見るようになっていった。そんな中でも高校からの友達Mがイエス様を信じ洗礼を受けた。嬉しかったが自分のことで精一杯だったしMも仕事のことや友達が多かったりでたまに遊ぶくらいになって教会にも来なくなった。心身ともに自分に神様が与えてくれた聖霊を汚してしまった。聖書に今の世でも後の世でも赦されないと書いていたから、もはや赦されないと思った。正しく歩みたくても、したくない悪を行ってしまう。生きている限り罪が増していく。だから死を願うようになった。それは信じる前に死ぬことを考えていた以上に絶望の日々だった。それでも命は神様に委ねて自ら決断することはしなかった。そんな中、小学校からの友達Kが交通事故で亡くなった。20代半ばもしないのに。神様に何故ですかと言わずにいられなかった。死を願う自分が生きていて自分を気遣ってくれた友達が死ぬ。何故ですかと聞いても答えは返ってこなかった。苦しい中でもゲームは楽しい時間だった。「ルーマニア#203」の続編「ニュールーマニア ポロリ青春」を遊んだのもそんな時だった。どのストーリーもコミカルなのに必死なものばかり。最後のストーリー、ネジと自分を重ねてタカハシとの話、そのあとの行動も自分のように思えた。そのあとのストーリーは少し肩透かしだったけど自分は苦しいままなのにネジが幸せで良かったと喜んだ。それからセラニポージの曲とゲームの中で聴けるCECILの曲も初代セラニポージのヴォーカルが歌っていたのもあって何度も何度も何度も聴いていた。
教会に行きながら日によってはそれでも神様にすがり、日によっては絶望感と罪悪感でいっぱいになる、そんな日々を過ごしていた。ある時、いつものように日曜の礼拝中に祈っていると「幼子のように信じなければ誰も天の御国に入れない」と声のようなものが聴こえた。他人の声なのか自分の頭に浮かんだものなのか、それもよく分からない。耳で聴こえたのか頭に響いたのか、それも分からない。分からないままそれに応えた。「それは頭では知っている。聖書に書いているから。でもそれを信じきれないのです。だけどそうであっても神様が言ってることはその通りです。アーメン」そう祈った。気が付けばその日から死にたいという思いが無くなっていた。教会が徐々におかしくなっていて牧師のメッセージが神様の愛、イエス様にことより人を罪に定める言葉が増え、聴いているだけでも苦しくなるようになっていった。勝手に物事を決め、献金の会計報告もやらなくなった。母はそういうことがあって教会を出ていた。それでも自分がいれば少しは良くなっていくんじゃないかと思っていたとき、またあの時の声のようなものがした。「あなたがいても良くはならない」それを聴いて礼拝後に牧師にこの教会に属するのを辞めると言って教会を出た。
この頃のいつだったか、たまたま観たEテレのみんなのうた、そこでCECILの新曲が流れていた。まさかと驚いた。ある時ネットで調べてたらCECILがやってる掲示板みたいなところを知ってイエス様のことを自分の境遇を書いた。伝えたい、そう思って書いた。
教会に行かなくなったある時、音楽聴いていたら「こんな暗い曲を聴いてたら自分が駄目になる」そう感じてMDに貯めてたものでイヤな感じのものは消していった。中には明るい曲もあったが心が奪われる感覚あって危ないとそれも消した。そこから明るい曲を探して好きだった渋谷系を集めたセットリストで500曲くらい聴いた。2曲だけ見つかった。sonic coaster pop、エイプリルズの曲。どっちも1曲だけ入っていて調べたらどっちもAKIさんが関わってた。この人のだけなんか音が違うなと。
祖父が亡くなり家の仕事は叔父が引継ぐことになった。母と一緒に事務もやっていたが既に祖父が1000万円以上融資する形でやっていた。従業員を減らし小さくしても赤字。お金のことを考えたら借金で自殺する人の気持ちが分かるくらい切迫していた。自分達では無理だと母も同じ気持ちで会社を神様に委ねようと祈った。それからお金に困ることはなくなった。だけど仕事は苦しかった。本当に自分がいいと思えない仕事をやることや、色んな人達、仕事のやり方、社会という場所自体が苦しかった。毎日のように仕事が終わってはドライブしながら好きな音楽を聴きながら祈ったり文句言ったり、そのひとりの時間が自分でいられる時だった。
突然高校の友達から連絡。Mが死んだというものだった。はっきりしないが自殺らしいと。自分のことで精一杯でMには自分の境遇、父のことも話していなかった。言ってたら違ってたかも。何故自分のことを気にかけてくれた人が死ぬだと神様に問い続けた。ただでさえ人と関わりたくないと1人でいたのに数少ない気にかけてくれた友達がそうなるのか、また生きるのが嫌になった。それでも生きていくしかない。そう思いながらも普通に日常生活を送っていた。
いつものようにテレビを観ていたら前から可愛いと思っていた子が出ていた。頑張っているなと調べると男性との関係が丁度噂されてアイドルもやっていたので否定していた。普段ならそういう話は気にもしないのに何故かその子の話を信じれないことに動揺していた。イエス様を信じているのに信じれない自分は何なんだろうと。そのことがずっと頭から離れずにいる少しでも話すれば気が済むかと思っているとその子がビデオチャットするという。日付を見たら自分の誕生日の翌日だった。その日は前から気にしていた。その翌日は父の命日、その翌日は洗礼を受けた日。何もない日だったからだ。これは神様が何か計らってる気がして、また何より友達Mのこともあって何せずにはいられず応募して結果をゆだねた。応募したあとよく確かめてみると先着順で枠を取るというものだった。初めてで分からなかったが思わぬ形で話しすることになった。当日になり話しているとその子が時々出てるテレビ番組と同じ時間でしかもその時間だけテレビに登場していた。ビデオチャット内容もそのことになって、あっという間終わった。こんな偶然が重なることに驚きつつも話すれば気が済むどころか何も晴れず、しかもこんな出来事があってこれは自分の境遇、いきさつを伝えるべきなのか考えるようになった。イエス様に祈りながら伝えようと決心しファンレターとして手紙に書いて送った。ただし友達Mの事は重荷になると思って書かなかった。内容が内容なだけにマネージャーが見たら渡さないだろうと思いつつそれも神様にゆだねた。そうなると今度はそれを読んだのかどうか気になった。3ヶ月くらいした時にその子のツイッターで大切なことは自分の口から伝えたいという内容を見て、手紙がどうこうじゃなく自分で話しようと決めた。またビデオチャットの機会が巡ってきてそのことを話したら、手紙はやはりマネージャーが止めてたけどその子が読みたいと言って読んでくれていた。改めて自分の口から話して時間が終わった後に涙が出てきた。その子はただ話を聞いてくれただけ。だけど自分を受け入れてくれたと感じることがこんな喜びがあるんだと。人はイエス様を知らなくてもこれがあれば生きていけると感じると同時に自分はイエス様だけを喜びにしたいとその両方の想いを神様に感謝した。その後、その子のイベントにありがとうの意味で逢いに行き聖書をプレゼントした。迷惑だとは百も承知で、でも自分にはそれしかなかった。有名人に会うのは最初で最後のつもりで。それが自分なりにその人を大切にすることだと思った。
仕事はなんとかあったが自分の心は疲れきっていた。父が死んだ時の年齢がもうすぐ来る、そんな時にKus Kusを知った。音楽も良かったが歌ってる2人、舞ちゃんとがっちゅーが気になった。アイドルらしくなかったから。他の曲を聴いたら歌詞に共感し、また興味も無かった振付けもいいなと思った。調べたら自分達で作詞と振付けしている。ずっと聴いていると作曲した人達はどんな人なのか顔が見たいなと思った。少しでも新曲が聴きたい。自分が好きだった人達の新曲はもう聴けない。それもあってクラウドファンディングにも参加した。Kus Kusの配信番組も見るようになって舞ちゃんは誠実に、がっちゅーは何か重荷を背負ってるようなそんな感じがした。会社は叔父の社長が持病の腰が悪化して仕事も大変になっていた。従兄弟の兄がほぼ現場を仕切っていたので社長しながら現場もできないと言うと母はそれなら会社をたたもうと即決した。自分が社長をする気がなかったの知ってる母は従兄弟の兄の言うことに従うと決めていたようだ。最後の仕事を終えたあと少ししたらコロナになった。疲れきっていた自分は働く気力もなく、のんびり趣味程度の畑で野菜を育てていた。ある時にがっちゅーがばっさり髪を切って表情が明るくなった。大人の女性があんな子供のような笑顔をするのを見れるのはそうそうない、心の何かが解決したんだろうと良かったと嬉しかった。待ってた新曲「KARAKURIピーポー」聴い初めてすぐに涙が止まらなかった。歌詞も自分が聖書から思わされたフレーズがいくつもあってこの曲で神様が応えてくれた気がした。それと同時にKus Kus終わるんだと思った。これからチャレンジしようとしてるのに。そこから何でそう思ったのか、また自分にとって音楽は何なのか、自分が好きになったものを考えるようになった。苦しくても明るい希望に向かって面白く、自分にとってはそういうものだなぁと。人生の答え合わせをしていた。そんな中で活動終了にお知らせ。最後だからと音楽作ってた裏方さん達と一緒に撮った写真をアップしてくれた。その日、7月12日は自分の誕生日だった。神様がそうしてくれたと思わずにはいられなかった。最後の新曲も歌詞を聴きながら言葉全てに自分の感じてたこととシンクロして最後のフレーズはまさにそのものだった。最後のライブは行こうかと思ったけどアイドルだった子も大切にしたくて配信で観ることにした。最後のライブ、8年続けたいと昔話をしていたのもKARAKURIピーポーが8年目、最後の2年は特別だったのかもと思った。ライブ後、配信番組に最後だから音楽作ってた裏方さん達が部屋に入って来た。その瞬間に2人の顔が今までになくほころんだ表情になったのを見て、どれだけ一緒にやってきたのか伝わってきた。作曲した人も初めて舞ちゃんの歌詞みて曲を作り直した話もKus Kusの音楽から2人のことを想って作ってたのが伝わってきてた。舞ちゃんの個人配信でも「誠実にやってきた」とその言葉も自分の感じてたことの答え合わせだった。何が伝わってたのか、伝わる不思議さを感じていた。
それからもずっとKus Kusのことが頭から離れず、だけど次に進むために新しく音楽を探していた。自分の感性はやっぱり関西に近いなと。そんな時に#BEMYLOVE のきさらちゃんを見て興味が湧いた。音楽も歌詞も面白く応援しようと決めた。そんな時にきさらちゃんのツイッターに特別に楽しかった感じのツイート。YouTubeにファンの方が即座にアップされてて観るとそれが伝わってくるライブに感動してこれは伝えなくてはとツイッターに返信。その日は丁度「ルーマニア#203」が発売25周年だった。自分の人生、苦しい時に支えられ助けられた音楽。その人達にお礼と自分の人生を伝えたいと。そのきっかけになったきさらちゃんにはお礼の意味も込めて逢いに行くことした。手紙を書いたアイドルの子が「応援されてるから頑張らないと思い込み過ぎてた」と言っていて自分が大切に思ってたのがむしろ重荷にさせてたかもしれない、そんなこととやっと自分の心も気軽に人と接することが出来るようになっていたから。だけどCECILには前に言えたから良いけどAKIさんだけはツイッターもやってなく連絡しようがないと諦めてた。そうして過去を振り返るように音楽聴いたり動画観たりしていた。そしてニュールーマニアの脚本家がテレビに出た時には、これはやるしかないと意気込んでいた。期限を決めないといつまでもこれを書けないと思って4月21日までにと準備してたが3日前になって文章が書けなくなった。苦しい時の想いがよみがえって自分は何故生きているのか、なぜ神様は人を造ったのか、それでも神様に問いながら「いつまでも残るのは信仰と希望と愛です」その言葉を大切に気持ちがそう思えるまで過ごしていた。すると随分と昔のツイートがいいねされた。珍しいと見ると新しくアカウントを作ったAKIさんだった。まさかこんなことがあるとは思わなくすぐにお礼を伝えた。そこからAKIさんのnoteを読んでいくと、なんかまた答え合わせをしているようだった。「伝える、伝わる」それってやっぱり面白いもんです。
私が特別なわけではなく他の人とは変わらない。ただイエス様を信じている。それだけです。音楽を聴きゲームして遊んでドライブが楽しみ、女性には弱く、すぐ腹を立てる、気ままで、自分勝手でわがまま、教会には行ってないし、聖書も1回だけ全部読んであとは時々読むくらい。毎日祈っている感覚もない。ここに書いたこともいいところだけ書いてるし。ただ信じてイエス様、主である神様にだけはひとりの時に正直な気持ちを言ってるだけ。何か思わされたならイエス様を求めることを願います。最後まで読んでくれてありがとです。神の愛、イエス様の恵みがあるように。
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