前のツイフィールが消えてしまったので、とりあえず短編だけ貼っときます!!
素人の書いたものでお恥ずかしいですが、しばしお付き合いを(笑)
創作垢(
@monokakimodoki6)も作ったので、そちらもどーぞ。鍵ついててもリクエスト頂ければお迎えします(よく分からない方はごめんなさい)
『子猫と願い事』
踏切の音が響いている。
甲高いながらも小気味良く、不思議と耳になじむ音だった。少しして、綺麗な群青に彩られた列車が目の前を通り過ぎる。突風みたいに強い風が私の髪をなびかせ、薄手のTシャツの裾をはためかせる。一瞬だけ踏切の音が遮られて、私の耳は、列車が線路を駆ける力強い轟音に包み込まれた。列車の走る振動で地面が揺れたような気がして、私は握る右手に少しだけ力を込めた。
どうしたの。と尋ねる声に私は首を横に振った。ううん、何でもないよ。そう呟く。
列車が遙か彼方に走り去り、それを見届けたみたいに踏切の遮断機はゆっくりと開き始めた。ヒールのない靴が線路に嵌ってしまわないように注意しながら私は歩いた。一歩一歩確かめながら歩くその脇を、古びた軽自動車が追い抜いていく。
初夏の温かな風が吹き抜ける。頭上の高い場所からの陽ざしは日に日に強くなり、こんな日には冷たいアイスクリームが恋しくなる。もう少ししたら麦藁帽子が必要になるなぁなんて、年甲斐もなく考える。私はあの匂いが好きだった。
踏切を抜けて、梅雨の間に鬱蒼と生い茂った緑地を眺めながら歩いた。
あ。と私は声を上げて指を指す。
「ねこが・・・・・・」
道路の反対側、車道と歩道の境目の辺りに黒ずんだ影が倒れていた。細くしなやかな四肢をダラリと投げ出して、剥き出しの胴体に動きはない。多分、自動車に轢かれてしまったのだろう。可哀想だね。と呟く彼に私は頷いて答えた。いつの間にか私達の足は止まっていた。二人並んで、保健所の職員が猫の亡骸を回収するのを見届けた。
作業はほんの数分程度だっただろう。何事もなく綺麗になった道路を尻目に、保健所の車が動き始める。
「あっ!」
咄嗟に私は声を出していた。保健所の車の影、その真っ黒なタイヤの間を縫うようにして一匹の猫が飛び出していた。息が止まるかと思った。激しく回転するタイヤのどれか一つにでも触れていたなら、きっと無事では済まなかっただろう。
車の影から飛び出した猫は一直線に道路を横切った。私達のいる歩道の方へ走る動きは素速く、小さなシルエットには不釣り合いなほどだった。その猫が足を止める。黒っぽい毛並みをした小さな猫。多分、子猫だ。子猫は遠ざかっていく保健所の車を見つめるように、道路の先にジッと顔を向け続けた。
にゃあ。と、ひどく寂しそうに鳴いた。
翌週、私は同じ場所でその子猫を見た。ペタンと道路の端にうずくまり、この暑い中で日向ぼっこをするみたいに、黒っぽくて小さな身体を丸くしている。眠っているのかと思ったけれど、脇を通り過ぎる時に子猫は目を開いてこちらを見た。でもすぐに目を閉じてしまう。
陽炎に揺らめく道路の先で、踏切が甲高く鳴っていた。
その翌週も、その翌日も、更にその翌日も、子猫は同じ場所にいた。まるで誰かの帰りを待つみたいに。その姿は、約束をすっぽかされて途方に暮れる子供のようにも見えた。
誰かに似ている。私にはそう思えて仕方がなかった。かつての私。小さくてただの子供だった頃の私だ。当時、私はこの土地とよく似た場所で暮らしていた。檜や杉の茂った豊かな山林の中にポツリと作られた田舎の集落だ。段々畑があり、夏には耳を劈くほどの蝉時雨に迎えられ、冬には積雪に閉ざされてしまうような村の更に端っこ。小屋のような小さな家で、私は祖母と二人暮らしだった。
いつだったか、祖母に手を引かれて踏切を渡ったことがある。あれはどこだったのだろう。あの頃の集落には、線路も踏切もまだなかったはずなのに。
踏切の途中で、手を繋いだ祖母の腕にキュッと力がこもったことは今でも憶えている。見上げた祖母の顔は、眩しいくらいの陽光から逆光になっていて、上手く祖母の顔を見ることが出来なかった。風が吹いて、フワリと祖母の匂いが私の鼻孔をくすぐった。嗅ぎ慣れた、大好きな匂いだった。
祖母は教えてくれた。幼かった私にとっては遠い昔のこと、この場所で大切な人が亡くなったのだと。祖母にとっても私にとっても大切な人、私の覚えていない大切な人。
その時の私はどんな顔をしたら良いか分からなくて、繋いだ右手に力を込めた。今だけは、大好きな祖母がいなくなってしまわないようにギュッと。お父さんとお母さんがいないことはもう慣れっこだけど、祖母にだけはいなくなって欲しくなかった。
おやおや、どうしたんだい。祖母は不安に揺れる私の頭を優しく撫でてくれた。何でもないの。私は答えた。
それからの毎日、私は祖母にねだった。
「明日、あの踏切に私を連れて行って」
集落の外にある、自分じゃどこかも分からないあの場所にどうしても行きたかった。私が忘れてしまった大切な誰かのことを、あの場所に居続けさえすればいつか思い出せるような気がした。
だけれど、祖母にわがままを言ってあの踏切に通い続けても、私はその誰かのことを思い出せなかった。きっともう二度と思い出すことが出来ないのだと思うと、ひどく悲しくなって、私は訳も分からないままに祖母の腕の中で泣いた。泣きじゃくる私の肩を祖母は優しく抱いてくれた。
年月を重ね大人になった今でも、私はまだそのことを思い出す。忘れてしまった人が私にとっての誰だったのかも、今ならちゃんと分かっている。理屈として、知識として、知っている。でもそれだけだ。私は本当の意味では踏切で亡くなったのが誰だったのかを知らないままなのだ。きっと私の心は、幼かった頃に通ったあの踏切の前で、知らない誰かを待ち続けているままなのだから。
二度と思い出すことの出来ない、けれど大切だった誰か。
「こんにちは」
そう呼びかけると子猫は大きな瞳を開いた。大きくてまん丸な黄金色の瞳に、道路の端にしゃがんだ私自身の姿が映り込んでいる。 好奇心旺盛な瞳が私の顔をジッと見つめ、白くて細いヒゲが何かを探るみたいに動きだす。まるでそれだけが別の生き物みたいにゆらゆら揺れていた。
子猫は腹ばいに丸くなったままで身体を起こさなかった。黄金色の瞳だけを見開いて、麦藁帽子を頭に乗せた私と視線を絡ませている。にゃあぁ。と一度だけ子猫が鳴く。あなたは誰?って言ったのかも知れなかった。
子猫の綺麗な毛並みを撫でてみた。近くで見るとこの子猫の毛色は黒ではなく茶色だった。ただその色が黒と見紛うほどに濃いのだ。柔らかな毛が逆立たないように注意しながら優しく撫でる。人懐っこい性格なのか、子猫は逃げる様子もなかった。気持ち良さそうに目を細め、無防備に四肢を投げ出して柔らかそうな肉球を晒している。ゆらゆらとヒゲを動かす子猫の身体はとても小さく細かったけれど、やっぱり温かかった。
車道を軽トラックが走り去る。使い古された白い車体は踏切の方向に向かった。それを子猫の目が追いかけていた。気持ち良さそうに細めていた瞳を、零れるほどに大きく見開いている。まん丸な瞳の奥には、真摯で純粋な光だけが浮かんでいるように思えた。
私は時々悲しくなる。
どれだけ必死に願っても、神様にお祈りしても、全ての願い事が叶うことはない。叶えられない願いはきっと永遠に叶わないままなのだ。だから私は、私自身の大切な誰かを今でも思い出せずにいる。
「君の大切な人は戻って来ないんだよ」
子猫に伝わるはずもないのに私は呟いた。
あの親猫は、きっともう二度とここに戻って来ることはない。あなたの目の前に帰って来ることもない。あなたは大切な存在を失ったまま、いつか失ったことに気付いて悲しくなって泣いてしまうだろう。心が純真で無垢であるほどに、その悲しみは大きく深くあなたを傷付ける。
喪失感を胸に抱いてこの先、あなたは成長するだろう。もしかすると、いつか悲しみさえ乗り越えて忘却するのかも知れない。
けれど、どうか、あなたには絶対に忘れないでいて欲しい。
あなたにはかつて、あなたを何よりも大切に想っていた誰かがいたと言うことを。
生まれてきて欲しいと切に望まれたから、あなたが生まれてきたのだと言うことを。
なんて、柄にもなく呟いてみる。
「すっかり待たせてしまったみたいだね」
子猫を撫でているとようやく彼がやってきた。この暑い中を走ってきたのか、額や首筋に大粒の汗が流れていた。急いで来なくても良かったのに、と私はうそぶく。
腰を上げると子猫の瞳が閉じた。その間際に一度だけ可愛い鳴き声を聞かせてくれた。
「行きましょう」
そう言いながら私は彼の腕に抱きつくようにして腕を組んだ。健康的な彼の匂いが鼻孔をくすぐり、大きな身体がいつも以上にたのもしく思える。もしもこの人がいなくなってしまうなら、私は踏切に通い続けたあの頃のように一歩も動けなくなるだろう。きっと不安に押し潰されてしまう。
どうか神様。私の大切な彼がずっと幸せでいてくれますように。そう願って、私は彼の腕にギュッと力を込めた。どうしたの。と隣の彼が尋ねてくる。私は首を横に振った。ううん、何でもないの。そう呟く。
私は自分のお腹に触れた。
生まれてくるこの子と父親となる彼の為に、私は残されたわずかな命で幸福な今を精一杯に生きている。
140字小説、後日談
「ママはどうしていつも笑ってるの」
アルバムを眺めていた娘が私に問いかける。
それはね、と答える口元が自然と微笑んだ。
「とても幸せだったから、かな」
「ふーん。じゃあママが抱っこしてるこの子はだぁれ?」
娘は一枚の写真を指さした。
私は笑う。
「それは君だよ」
『父と娘の時間』
以下 制作中 校閲前なので不備多数(笑)
ずっと真っ暗闇で暮らしてきた。
他には誰もいない、喋る相手もいない。明かりさえどこにもない真っ暗などこか。
それが俺の暮らしている場所だ。いや、暮らしているだなんておこがましい。そんなものは人並みに生活している者だけが口にできることだ。
だからそう、俺はただ生きているだけだった。
歩けば数歩で壁につき当たるような狭い部屋のなかで、思い出したようにジュースだけを飲む生物。それ以外の時間は目を覚ましているのか眠っているのかさえ定かではなかった。
俺は自分が何者であるかさえ分からなかった。
何のために生まれ、生きているのか。
何年も怠惰に生きてきた。ここに閉じこもってから季節は幾つも巡った。だけれど一体、いつまでこんな狭い部屋に閉じこもっていれば良いのか。
誰か、誰でもいい。
答えを教えてくれ。
考えているのか、呟いているのか、判断も出来ないまま、俺は再び眠りに落ちる。
季節は巡る。
長い長い時間、俺はほとんど動かず甘いジュースばかり飲んで生きていた。
身体はいつしかぶくぶくと太って、大きく丸みを帯びたものになっていた。けれど構わない。誰かにこの姿を見られるわけじゃない。
一人っきり。真っ暗闇。
栄養には困っていない。
俺を脅かすものは何もない。
ただ、寂しかった。
狭く暗く空しいだけのこの部屋の外には何があるのか、分かりもしないことを考えてみたりもした。だけれども答えは出ない。俺の貧相な知識では無知も同然だ。
未来が今と変わらないことに愕然とし、なかば絶望する。それなのに身体はいつだって腹を減らして、ジュースを飲めと主張する。
もしかすると俺はジュースを飲むだけの濾過装置なのかも知れなかった。生命もなく、本来ならば意思もなく、機械的に動くだけの物体。
それが俺という生き物の正体ではないのか。
馬鹿みたいな予感が脳裏をよぎる。
それが悪い妄想であると思いたい。しかし正解を示す存在はどこにもいない。
ある時、俺は気付いた。
何かが聞こえる。音、そうだ、これは音と呼ばれるものだ。
俺はようやく気付いた。この部屋は今まで無音だったのだ。
ずんぐりとした身体を動かして、部屋を歩き回る。運動をしなければと思い至ったわけではない。音の正体を知りたかったのだ。
断続的な音。これを何と表現すれば良いのか。濁った音とでも言うのか。おそらくは、数えるのも億劫になるほどの数の物体がどこかにぶつかっている音だ。そう結論づけるものの自信はない。なんとなくそう思っただけということだ。
歩き回る俺の足が止まる。
部屋の天井付近、その場所が最も大きく音が聞こえた。
俺の頭上を分厚く塞いでいる天井。
その先には、一体何があるのか。
どんな世界が広がっているのか。
仄暗い部屋の真ん中で立ち止まり、見上げる俺は生唾を飲み込んだ。
外に出たい。
生まれて初めて、切にそう願った。